Treasure
秘密の薔薇園
アフロディーテは自宮の庭園から香る、薔薇達とは違う存在を感知すると堪らず笑みが零れた。
風に靡く薄紫は咲き誇るどの華花よりも艶美しく。早く触れたい渇望は完全な仮面の内に伏される。
「また、抜け出して来たんですか。お嬢様」
待ち焦がれていた存在の来宮なのに、飛び出す言葉は全て裏腹。そんな天邪鬼な自身にすら愉快に思う。
「……貴方だけですよ、私を子供扱いするのは」
恨めしく流す碧宝はどんな状況でも輝き、決して他の聖闘士には見せない人間らしい表情に少しだけ欲心は満たされる。
「実際、そうでしょう?執務室から脱走してるんですから」
「休憩、です。此方の庭園は落ち着くんですもの」
「別に、貴女様の為の薔薇園では無いのですがね」
とても崇拝する神に投げ掛けられる台詞では無いが、それを全く気にせず彼女は出された紅茶を優雅に啜る。
それは彼も同じで、涼しい顔付きのまま用意していた茶菓子をテーブルに乗せた。
「……ねぇ、またお願いしてもいいかしら?」
二杯目のローズティーを綺麗に飲み干すと、女神は魚座の男にある要求を伝えた。
どうやらそれは初めての懇願では無いらしく、彼も慣れた様子で彼女に視線を移し軽口を叩く。
「嫌だ、と言っても無理なのでしょう?」
「……言うの?」
やれやれ、と。アフロディーテは呆顔を作って見せるものの、醸し出される雰囲気は和やかである。
「今日は如何致しますか、我侭なお嬢様」
「そうね…この間は軽く上げて貰ったから…」
注文を聞きながら、アフロディーテは木櫛を丁寧に藤花に入れていく。
この滑らかな艶光を放つ櫛は、沙織が神殿から此処へ持ち込んだ物だ。
使えば使う度に手に心地良いそれは、彼自身が馴染みのない日本の由緒ある代物。
女神が育った地に興味を示すようになったのは、丁度。
―――――彼女がこの、双魚宮に通うようになった頃と重なる。
初めはただ、突然の来訪に戸惑いながら常備してある紅茶を出して他愛も無い世間話をしただけだった。
決して完璧な饗応と云えるものでは無かったのだが、何が良かったのかそれ以来女神は足を運ぶこととなった。
この薔薇園よりも濃い、華を彼の心に咲かせる毎にひとつずつ彼女の品が残されていく。
他人を排除して来た過去を持つ魚座の男は、そんな微笑ましい女心に解されて。
"また、来ます"
最後の文句は決まっているかのように繰り返され、そして今日もまたその約束通りとなった。
「今日は…貴方にお任せします」
「変な髪型になるやもしれませんよ?」
「……それでも、構いません」
女神の御髪を扱うとは随分な大役を任されたと躊躇したものの、それが本人からの達ての願いであれば断る訳にも行かず。
後に自分に白羽の矢が立った理由を聞けば、何でも側近である双子座はああ見えて意外と手先が不器用なのだとか。
そこでまた複雑な心境に陥ったが、今となっては頻繁に逢える嬉しそうな笑顔を見れるならば感謝でもしたい位だ。
何時も、用意された鏡台の前で彼の指先をじっと凝視する様が可笑しくて。
アフロディーテは声を抑えるのに苦労するのだが、今日はどうも違うらしく。
「何か、ありましたか?」
「……サガが」
視線は下を向き、曇った表情でぽつりと沙織は片言ずつ話し始めた。
「もう、此処へ通うのは止めて欲しいと…」
ほんの少しだけ、艶髪を触る掌に力が籠ったのだが。彼女はその遣り取りを思い出しているのか、気持ちは其処にあらず。
その証拠に、膝の上に組んだ小さな手がぎゅっと握り締められる。
「理由を聞いても、濁すのです。だから…絶対、止めません…!」
(まぁ、気付かない訳がないだろう…あの男の眼を見れば)
多かれ少なかれ、黄金聖闘士達は女神に対してある種の特別な感情を抱いている。決して誰も口には出さないが、サガは同僚の中でもそれは顕著だった。
「…私には分かる気がしますがね」
「え…」
「危険なのでしょう、ある意味」
「どうして?十二宮の中なら安全でしょ…?」
聖闘士が女神を守護する為の聖域でそんな考えは理解出来ない、と。眸を丸くして不思議そうに鏡の中の男に語った次の瞬間に。
視界に飛び込んで来たのは、綺麗な、綺麗な水色が一面に咲く景色。
"御気を付け下さい、女神。アフロディーテはあの身形ですが…"
力強い、抱える腕。伝わる熱はまるで薔薇の茨に絡まれたような。
逃げ出そうとすればする程、きつく。火傷を負いそうな熱さが全身を侵して。
翻弄される沙織の頭の中で、忘れかけていた双子座の言葉が蘇る。
"立派な男なのですから"
(そう、あれは…サガの…警告だったんですね)
「――――驚いた…」
流石に暫くは…否、もう二度と双魚宮には来ないだろうと覚悟していたアフロディーテは。
その三日後に姿を現した女神に目を見開いて三回、瞬きを繰り返した。
「もう此方へいらっしゃらないかと、思っておりましたから」
「……何故?」
「何故って……」
純潔な女神の唇を彼女の意思を無視して、強引に奪ったのだから。幾等何でも平然と出来る訳がない。
後悔なんて陳腐な感情を抱くことは無かったが、冷静になれなかった己に呆れたのも事実。
「…嫌なら、来ないです…」
そう呟いた沙織の頬は、うっすら紅が差していて。その彼女の変化を前にし、アフロディーテは歓喜を覚えた。
(どうやら、あの行為も間違いではなかったようだな)
自ら与えた刺激に素直に反応した愛しい女。男はするりと自然に手を潜らせれば。
紫髪を指先に絡め取ると、その一束に口付けた。
「…今日は如何致しますか?我が愛する女神様」
「――――!お、お任せします…」
余裕たっぷりの魚座の口振りに、女神の顔は益々熱くなる。彼女の小さな反抗心が顔を出すが、彼はそれすら可愛くて仕方ないのに。
「か、完璧じゃないと…許しませんから…!」
「……御意」
それからもずっと、変わらずに双魚宮の逢瀬は双子座の監視を掻い潜り続けられ。
しかし、この日を境に。
互いに映るその姿は、刻を越える毎に情愛を深めていくこととなる…。
縷紅霜(ルコウソウ)・称柚様から頂いた、双子→女神←魚の素敵なお話です。
私のリクエストに応えて頂き本当に有難うございましたv
魚さん!さおちゃんの唇奪ってくれて有難うv
やっぱ、兄さんはこうでなきゃvvv見た目は中性的で美しい・・でも立派な男!そのギャップが良いですよねv
互いに映るその姿は、刻を越える毎に情愛を深めていくこととなる…。
この最後の詞が、私は特に好きです。
Linkページから称柚様のサイトへ飛べますv
女神様好きの方は是非とも足をお運び下さい。素敵な称柚ワールドに浸れる事でしょうv